来年の1月から新しい職場で働くことになりました。転職先は楽器の卸売商社です。今回、こういうことになった経緯やらなんやらを雑記として少し書き残しておきたいと思います。

その前に、一応、自己紹介を。

30代、男性、公務員を2019年に退職、2019年9月からパートタイムで、音楽教室で働いています。適応障害治療中(現職場には伝えていない)です。

適応障害との闘い

闘いというと少し性質の違うものですが、2017年に発病が確認された適応障害、一応診断名は適応障害ですが、事実上、鬱病だったと考えています―が原因で前職を退職することにしたのが今年2019年の4月でした。実際に退職届を叩きつけに行ったのが6月、退職は7月です。退職直後に次の仕事を見つけて、その後1か月ほど完全オフの期間を経て、現在はパート社員として働いているところです。

この3年に及ぶ闘病はひたすら憂鬱な気分が続くという状況が続くものでした。とはいえ、2012年ごろからすでに発症はしており、2013年に症状はやわらぎ、仕事が死ぬほど忙しくなった2016年に再発したというのが実際のところです。病名が付いたのが2017年になっただけで、陰鬱な気分は公務員時代にかなり長く続いていました。治療を始めて、投薬されたことから気分的な落ち込みは僅かずつ改善していきました。そして投薬3年目にして、ある意味正常な判断ができるようになって、公務員を退職するということを判断したわけです。

公務員の職場環境

これは最低です。まず、仕事をしても客から全く感謝されない、庁舎はボロボロ、水回りは汚い、出世競争が激しい…言い出したらキリがありません。

とにかく、最悪です。

そんな中、適応障害や鬱病を発症して辞めたり、自殺者や過労死者が毎年のように発生する場所、それが役所です。正常な感覚の持ち主がなる職種ではありません。

で、まぁ、無事に適応障害を発症して辞めた人の一人になったわけです。

パート社員として働いてみたら…

あれ?意外といけるんじゃね?という感じです。職場に行く前に別に吐き気も感じなければ悪心もありません。仕事は確かに忙しいですが、公務員と比べて、やったことがストレートに評価される点が性に合っていたようです。また、大事なこととしては、会社側にも客を選ぶ権利があるということは大きいですね。

とりあえず、ここ2か月、不規則なシフト制ながら、普通に仕事をこなすことができました。これは大きいですね。自信につながりました。

昔から知っている会社から求人が!

そんな中、ぼちぼち正社員で仕事を探そうと思って、Indeedを開くとそれこそ学生時代からお世話になっていた会社から求人が出ているではありませんか。しかも通勤は短いし、バイオリンの知識も生かせるではないですか。これは応募です。とにかく応募です。これが4日前の話。

で、今日が面接でした。

スピード感が半端ないです。もう、笑うしかありません。

そしてそのままのスピード感で内定まで行きました。よかったです。

ハローワーク式は手堅い選択

私は今年2019年の7月から8月にかけてハローワークを訪れていました。適応障害でも回復期は働くことで負荷を与えていくことも一つの治療というわけです。(あいにく、公務員は病気による時短制度がほとんど整備されておらず、辞める羽目になったわけですが。)

で、どうせやるなら音楽関係の仕事がしたいと。そういう需要から、大企業ばかりが揃っている転職サイトを使うよりも、むしろ中小企業が求人を出すハローワークの方が手堅いと判断してハローワークを訪れたわけです。

訪問してから知ったのですが、ハローワークは単に仕事を紹介・斡旋するだけではなく、履歴書の書き方や志望動機などの書き方をタダで提供してくれます。現職のパートはハローワーク式の定型文に沿う形で自己PR(志望動機)を作成し履歴書も同様です。

「前回、うまく行ったんだから、正社員でも使えるでしょ」

ということで、志望動機はハローワーク式の模範文に近しい形式で書いておきました。

また、今回、会社の採用担当者とはメールでやり取りをしたのですが、ビジネス文章の基本に沿った形で、簡潔明瞭で必ず最後に署名を入れておくというものでやってみました。

これらのことから、印象が良かったものと思われ、無事採用が内定したわけです。

今後は

社会復帰はまだ道半ばですが、公務員から転げ落ちてパートに身をやつしても、正社員に戻ることができそうです。皆様も生暖かい目線で応援していただければ幸いです。

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